増上寺前の広場特集

港区のあれこれ

① 増上寺前の広場

空からそそがれる陽射しが一段と強い季節になりました。外に出るといざ夏を迎えようと新緑が煌めいています。増上寺では7月のイベントに向けて日々準備が進められている模様です。増上寺をご紹介する際は本殿や境内の様子を見て回ることが多いのですが、今回はその手前、三門前の広場を散策しました。春は桜、梅雨には紫陽花が咲いて季節の移り変わりを感じることができ、すぐ近くにビル街があることを忘れてしまいそうな空間です。晴れた日には休憩に訪れる方も多く、初夏は木陰でランチタイムを過ごすにもちょうど良い時期だと思います。近くに「ル・パン・コティディアン」をはじめテイクアウト対応している喫茶店があるため、お気に入りの一杯とともにリフレッシュできます。

② 松原の復元東京都港区芝公園1-4 増上寺前の交差点 増上寺に向かって右の広場

増上寺前の信号を渡らず三門に向かって右側、こちらの広場は敷地を囲むように紫陽花の株が植えられています。紫陽花は土がアルカリ性なら赤色、酸性なら青色の花が咲くと言われていますが、この広場は若干赤紫の花が多いでしょうか...?そのまま道なりに歩いていくと、広場の中ごろに木造の屋根が見えてきました。増上寺三門前にあたる一帯は古くから「松原」と呼ばれていました。ここは江戸時代の番所跡と伝えられており、火災によって焼失した松原を偲んで往年の景観をイメージしたモニュメントや黒松が植えられているようです。安藤広重の『江戸名所芝増上寺』にも描かれており、文化的な一面もかいま見えます。

③ 浅岡飯たきの井芝公園1-8-21 港区役所の入口

松原の復元跡から増上寺と反対側へのびる道を進むと、道路を挟んで建つ港区役所の敷地に「浅岡飯たきの井」を発見です。奥には由来の書かれた看板が立てられています。江戸時代、ここには良源院(増上寺子院)があり、仙台藩伊達家の仕度所として藩主等の増上寺参詣の折などに使われていました。万治三年(1660年)の伊達騒動の際に幼くして四代目となった亀千代(後の綱村)を毒殺の危険から守ろうと、母である浅岡の局がこの井戸の水を汲んで調理した...母が子を必死で守ろうとした歴史の言い伝えがあるようです。この井戸はもともと旧庁舎中庭にあり、新庁舎の開庁に伴って現在の位置に移設されました。そのため「井戸の跡」ではなく「井戸の形に組まれたオブジェ」として飾られています。

④ ぺルリ提督の像芝公園2-1 増上寺前の交差点 増上寺に向かって左の広場

「松原の復元」「浅岡飯たきの井」のある広場と反対側、増上寺に向かって左側の広場は、石畳が広く敷かれて見晴らしが良い造りです。この広場で見ておきたいのは、日本の歴史が大きく動いた出来事にまつわる記念碑。まず広場の東側、街灯の傍らに佇むのが黒船来航で知られる「ぺルリ提督の像」です。“ペリー”の呼び名の方が馴染みがあると思いますが、ここではオランダ語読みの“ぺルリ”で飾られています。1948年の日本開国100年記念祭を行った際、東京からアメリカへ石灯籠を贈った答礼品として受け取った像です。竹芝が開国の港として重要な地であったため、この港区に飾られています。

⑤ 遣米使節記念碑(日米修好通商条約)芝公園2-1 増上寺前の交差点 増上寺に向かって左の広場

そしてぺルリ提督の像と向かい合うようにして、広場の向かいに建てられているのが「遣米使節記念碑」です。1860年に竹芝を出た使節団が太平洋を横断し、アメリカに渡って日米修好通商条約批准書が交換されました。その100年後...1960年に、日米両国民の友好親善の基礎を築いた壮途を記念するものとして建てられた記念碑です。広場の中から記念碑を撮ると増上寺の赤い三門がフレームに入り、鮮やかな1枚を撮影できます。少し引いた場所からは向かいあったぺルリ提督の像と記念碑を一緒に眺められます。みなさんも増上寺へお越しの際は、こちらの広場にも訪れてみてください。

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